佐々木尽の学歴|出身は別所小・別所中・拓真高校!柔道少年の転身

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佐々木尽さんの学歴について、出身の小学校や中学校、そして高校がどこなのかを知りたいと感じている方は多いのではないでしょうか。

佐々木尽さんは東京都八王子市出身のプロボクサーで、WBO世界ウェルター級タイトルマッチに挑戦した実力者です。

小学校時代は柔道で心身を鍛え、中学入学を機にボクシングへ転向するという異色の経歴を持っています。

この記事では、八王子市立別所小学校・別所中学校から都立八王子拓真高校までの学歴を中心に、プロデビューまでの道のりを詳しくまとめました。

佐々木尽さんの学歴とボクシング人生の軌跡を、ぜひ最後までご覧ください。

記事のポイント

①:佐々木尽の出身校は別所小・別所中・拓真高校

②:小学校時代の柔道が精神力の原点になった

③:父親の助言で中学からボクシングに転向

④:17歳でプロデビューし世界に挑戦

佐々木尽の学歴|別所小・別所中・拓真高校の全容

  • 【学歴一覧】佐々木尽の出身校とプロフィール
  • 別所小学校時代|太っていた少年が変わった瞬間
  • 【精神力の原点】多摩中央警察署の柔道教室
  • 父親の助言がボクシング転向のきっかけ
  • 別所中学校で夢を語った日々
  • 都立八王子拓真高校でボクシングに専念

【学歴一覧】佐々木尽の出身校とプロフィール

 

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佐々木尽さんの学歴を整理すると、小学校から高校まですべて八王子市内の学校に通っていたことがわかります。

下記の表は佐々木尽さんの学歴一覧をまとめたものです。

佐々木尽の学歴一覧表

学校名 期間 備考
八王子市立別所小学校 2008年4月〜2014年3月 柔道を開始
八王子市立別所中学校 2014年4月〜2017年3月 ボクシング転向・八王子中屋ジム入門
都立八王子拓真高等学校 2017年4月入学 ボクシングに専念・在学中にプロデビュー
大学 ― 進学せず(17歳でプロの道へ)

小学校・中学校はいずれも八王子市別所地区にある公立校で、地元で育った生粋の八王子っ子です。

高校は都立八王子拓真高等学校に進学し、在学中の2018年にプロボクサーとしてデビューしています。

大学には進学せず、10代からプロボクシングの世界に飛び込みました。

基本プロフィールまとめ

項目 内容
本名 佐々木尽(ささき じん)
生年月日 2001年7月28日
2026年10月11日現在の年齢 25歳
出身地 東京都八王子市
身長 173cm
リーチ 176cm
血液型 A型
階級 ウェルター級
スタイル 右ボクサーファイター
所属 八王子中屋ボクシングジム
戦績 20勝(18KO)2敗1分
家族 4人きょうだいの長男
趣味 アニメ鑑賞・K-POP

佐々木尽さんは4人きょうだいの長男で、弟の佐々木革さんもプロボクサーとして活躍しています。

大学に進学しなかった背景

佐々木尽さんが大学に進学しなかった理由は明確です。

高校在学中の17歳でプロデビューを果たし、ボクシング一本で生きていく道を選びました。

中学3年のときにクラスで「将来の夢はボクシングの世界王者」と発表するほど早い段階から覚悟が決まっていたのです。

学業と両立させながらも、プロとしてのキャリアを最優先に考えた判断だったといえますよ。

別所小学校時代|太っていた少年が変わった瞬間

佐々木尽さんの学歴の出発点は、八王子市立別所小学校です。

八王子市別所に所在するこの小学校は、佐々木尽さんにとってボクシング人生の原点ともいえる場所でした。

運動が苦手だった小学校低学年

意外に思われるかもしれませんが、佐々木尽さんは小学校低学年の頃、決して運動少年ではありませんでした。

本人が語るところによると「結構、太ってて、運動神経は悪いし、足も速くないし、力が強いわけでもなかった」そうです。

現在の筋骨隆々のボクサー姿からは想像がつかないですよね。

しかし、その後の人生を大きく変える出来事が小学校時代に待っていました。

柔道との出会いで「変身」した

佐々木尽さんが変わるきっかけとなったのは、父親に勧められて始めた柔道でした。

時事通信の報道によると、8歳のときから多摩市の多摩中央警察署内にある柔道教室に通い始めています。

厳しい稽古に心と体を鍛えられ、体の大きな大人との乱取りを繰り返すうちに闘争心が培われていきました。

佐々木尽さん自身も「変身した」と振り返るほど、柔道が人生のターニングポイントになったのです。

太っていて運動が苦手だった少年が、格闘技を通じて心身ともに鍛え上げられていったわけですね。

母校への凱旋訪問エピソード

2025年5月19日、佐々木尽さんはWBO世界ウェルター級タイトルマッチを翌月に控えた中、母校の別所小学校をサプライズ訪問しています。

全校朝礼に登場した佐々木尽さんはシャドーボクシングを披露し、児童たちに「挑戦したいことがあったら、どんどんチャレンジして、一緒にがんばりましょう!」と呼びかけました。

児童からは応援メッセージと校歌斉唱が贈られ、「僕も水泳をやっているので、佐々木選手みたいに毎日がんばりたい」「試合が楽しみ。観に行きたい」といった声が挙がっています。

この訪問を受けて、八王子市内の市立小中学校107校では佐々木尽さんの応援メニューとして、子供の頃に好きだったマーボー豆腐などが給食で提供されました。

地元に愛されるボクサーであることが伝わるエピソードですよ。

【精神力の原点】多摩中央警察署の柔道教室

佐々木尽さんの学歴を語る上で欠かせないのが、学校外での活動である多摩中央警察署内の柔道教室での経験です。

この柔道教室こそ、佐々木尽さんの「精神力の原点」と呼べる場所でした。

警察署内の道場という特殊な環境

佐々木尽さんが通っていたのは、多摩市にある多摩中央警察署の敷地内に設けられた柔道教室です。

一般的な町道場とは異なり、現役の警察官が指導する環境で稽古を積みました。

8歳から中学生になるまでの間、ここで心技体を磨いています。

警察署という場所柄、礼儀や規律を重んじる厳格な指導が行われていたことは想像に難くありません。

「心技体が整えられた」厳しい稽古

佐々木尽さんは当時の稽古について「先生がすごく厳しかった。心技体が整えられた」と振り返っています。

今でこそ笑って話せるものの、当時は「怖かった」と正直な気持ちも明かしています。

体の大きな大人との乱取りは「最初はめっちゃ怖かった」とのことですが、何度も何度も繰り返すことで相手に立ち向かっていく闘争心が培われたのです。

この経験があるからこそ、プロボクシングの世界で強敵に臆することなく向かっていける精神力が身についたといえますよ。

五輪を夢見るほど打ち込んだ

柔道に対する佐々木尽さんの情熱は並々ならぬものでした。

一時期は「柔道で五輪に出ることを夢見ていた」と語っています。

オリンピックを目標にするほど本気で取り組んでいたわけですから、その打ち込みぶりは相当なものだったはずです。

ただ、柔道の試合中に思わぬ出来事が起こり、佐々木尽さんの人生は別の方向へ大きく舵を切ることになります。

この柔道教室での経験がなければ、世界を目指すプロボクサー・佐々木尽は誕生しなかったかもしれません。

父親の助言がボクシング転向のきっかけ

佐々木尽さんが柔道からボクシングに転向した経緯は、非常にユニークなものです。

結論から言うと、柔道の試合中に相手を殴ってしまうという衝撃的なエピソードがきっかけでした。

柔道の試合で相手を殴ってしまった

佐々木尽さんは柔道の試合中に、何度か相手を殴ってしまったことがあると告白しています。

「気持ちが出てしまって、組もうとしているのに間違って手が顔に当たって」と本人は説明しています。

反則負けになったこともあるほど、試合中のアドレナリンが出すぎるタイプだったようです。

柔道は「組み技」の競技ですから、打撃が出てしまうのは大きな問題です。

しかし、この性質こそが打撃競技であるボクシングにおいては大きな武器になるのです。

「ボクシングの方が向いている」父の一言

佐々木尽さんの父親は、息子の試合を見てある結論に達しました。

「ボクシングの方が向いているんじゃないか」という助言です。

佐々木尽さん自身は「アドレナリンが出過ぎるタイプなので、父にボクシングの方が向いていると言われた」と語っています。

柔道で発揮されていた闘争心と打撃への本能を、ボクシングという正しいフィールドで活かすべきだと父親は見抜いたのです。

この父親の判断がなければ、佐々木尽さんはそのまま柔道を続けていたかもしれません。

八王子中屋ジムとの運命的な出会い

父親の助言を受けた佐々木尽さんは、中学1年のときに自宅近くにあった八王子中屋ボクシングジムの門を叩きました。

ジムに入ってすぐ、ボクシングが自分に合っている競技だと気付いたそうです。

中屋廣隆トレーナー(元ジム会長)は、佐々木尽さんの強い気持ちと練習への向き合い方、パンチの出し方を見て「プロ向き」だと直感しました。

柔道で培われた足腰の強さと精神力に加え、天性のパンチ力がボクシングという競技で花開いていったのです。

別所中学校で夢を語った日々

佐々木尽さんの学歴で次に注目すべきは、八王子市立別所中学校での3年間です。

別所小学校からそのまま地元の別所中学校に進んだ佐々木尽さんは、ここでボクシング人生の基盤を築きました。

別所中学校の概要

八王子市立別所中学校は、八王子市別所に所在する公立中学校です。

佐々木尽さんの出身校であることから、WBO世界戦に先立ち応援横断幕が掲げられるなど、地域に深く愛されている選手であることが伝わってきます。

八王子市の公式ホームページでも「別所中学校(佐々木尽選手出身校)」と明記されていますよ。

中学1年で八王子中屋ジムに入門

中学校に入学した佐々木尽さんは、自宅近くにあった八王子中屋ボクシングジムに入門しています。

ただし、中学時代はまだ柔道も並行して続けていました。

多摩中央警察署の柔道教室には中学生まで通い続けており、ボクシングと柔道の二刀流で格闘技に打ち込んでいた時期です。

この両立期間があったことで、柔道で身につけた体幹の強さや相手との間合いの取り方がボクシングにも活かされていったと考えられます。

中3で「ボクシングの世界王者」と宣言

別所中学校3年生のとき、クラスで将来の夢を発表する場面がありました。

佐々木尽さんはためらうことなく「ボクシングの世界王者」と発表したそうです。

後に別所中学校を訪問した際、このエピソードを披露し「恥ずかしいことではない。人前で夢をどんどん言ってほしい」と後輩たちに呼びかけています。

中学3年の時点でここまで明確な夢を持っていたことが、佐々木尽さんの凄さを物語っていますよね。

母校での食育出前授業

2023年5月25日、WBOアジア・パシフィック・ウェルター級王者としてベルトを巻いていた佐々木尽さんは、卒業以来初めて母校の別所中学校を訪問しました。

八王子市の「『五つ星』そろえて体力アップ献立」事業の一環として、1年生約140人を対象に食育出前授業を実施しています。

体育館では代表生徒がグローブを着けて佐々木尽さんにパンチを打つボクシング体験も行われました。

「食事のケアは?」との質問には「好き嫌いなくまんべんなく食べている」と回答し、たんぱく質を意識的に摂取していることも話しています。

その後は教室で生徒たちと一緒に給食を食べ、親睦を深めました。

都立八王子拓真高校でボクシングに専念

佐々木尽さんの学歴で最後の学校となるのが、都立八王子拓真高等学校です。

この高校時代に柔道をやめてボクシング一本に絞り、プロの世界へ踏み出しています。

都立八王子拓真高等学校について

八王子拓真高等学校は東京都立の高校で、八王子市内に所在しています。

佐々木尽さんは別所中学校を卒業後にこの高校へ進学しました。

ボクシングに力を入れながらも学業を両立させ、高校生活を送っています。

受験合格日に「世界チャンピオン」を宣言

佐々木尽さんにまつわる有名なエピソードの一つが、高校受験の合格日に八王子中屋ジムで宣言した言葉です。

中屋廣隆トレーナーはこう振り返っています。

「強烈に覚えているのは、高校受験に合格した日に『ボクシング一本でやります、世界チャンピオンを目指します』と真剣な顔で言ったこと」。

「その後の練習も本当にその通りだった。だから自分は、その思いを受け止めるようになった」と中屋トレーナーは語っています。

15歳の少年がここまで明確な覚悟を口にしたことに、トレーナーも相当な衝撃を受けたようです。

高校時代にプロへの階段を上り始める

高校に入学した佐々木尽さんは、中学まで並行して続けていた柔道を完全にやめ、ボクシングに専念しました。

中屋トレーナーは佐々木尽さんの「強い気持ちと練習への向き合い方、パンチの出し方」を見てプロ向きだと確信していました。

その見立ては正しく、2018年に17歳でライト級からプロデビューを果たしています。

高校在学中にプロボクサーとなるという、学歴と競技の両立を成し遂げたのです。

八王子中屋ジムの中屋一生会長(中屋廣隆トレーナーの長男)は「尽を大きく育てるために、試合では細かいことは言わず、あえて”野放し”にしてきた」と育成方針を明かしています。

高校時代の佐々木尽さんは、ジムの全面的なサポートのもとプロの階段を一歩ずつ上っていきました。

佐々木尽の学歴とプロボクシング経歴の全貌

  • 17歳プロデビュー|アマ1勝3敗からの逆転
  • 計量失敗と階級変更という転機
  • WBOアジア・東洋太平洋の二冠を達成
  • WBO世界ウェルター級挑戦と5回KO負け
  • 再起戦から東京ドーム世界再挑戦へ

17歳プロデビュー|アマ1勝3敗からの逆転

 

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佐々木尽さんの学歴から続くプロへの道は、決して順風満帆ではありませんでした。

アマチュア時代の戦績はわずか1勝3敗で、この数字だけを見ればプロで成功するとは思えない状況です。

アマチュア戦績1勝3敗の真実

佐々木尽さんのアマチュアボクシングでの戦績は4戦1勝3敗でした。

通常、プロで大成する選手はアマチュアでも輝かしい成績を残すケースが多いですが、佐々木尽さんは例外です。

しかし中屋廣隆トレーナーは、戦績とは別の部分に佐々木尽さんの潜在能力を見出していました。

「強い気持ちと練習への向き合い方、パンチの出し方がプロ向きだと思っていた」と語っています。

アマチュアのポイント制とプロの倒すボクシングでは求められる資質が異なるため、アマの成績だけでは選手の将来は測れないのです。

17歳でのプロデビュー

2018年、佐々木尽さんはライト級でプロデビューを果たしました。

高校在学中の17歳という若さでのデビューです。

プロになってからはアマチュア時代が嘘のようにめきめきと力をつけていきました。

持ち前の豪快なパンチ力と闘争心が、プロのリングで遺憾なく発揮されたのです。

中屋一生会長は佐々木尽さんの魅力を前面に押し出し「剛腕の倒し屋」として売り出す戦略を取りました。

2019年東日本新人王への挑戦

プロデビューの翌年にあたる2019年には、東日本新人王トーナメントに出場しています。

若い選手が実力を試す登竜門的な大会で、佐々木尽さんもここで経験を積みました。

ただし、この時期には計量に関する失敗も経験しており、キャリアの中で試行錯誤を繰り返していた時期でもあります。

それでもリングに上がれば圧倒的なパンチ力で観客を沸かせる存在であり、プロとしての適性は明らかでした。

計量失敗と階級変更という転機

佐々木尽さんのキャリアにおいて避けて通れないのが、2度にわたる計量失敗です。

しかし、この挫折がウェルター級への転向というポジティブな結果につながりました。

2019年新人戦での最初の計量失敗

佐々木尽さんは2019年の新人戦で最初の計量失敗を経験しています。

若手時代の体重管理の難しさを痛感する出来事でした。

ボクシングにおいて計量失敗は選手の信頼に関わる重大な問題です。

この経験が後のキャリアに影響を与えることになります。

2021年平岡アンディ戦での体重超過

2021年10月、佐々木尽さんは平岡アンディさん(大橋ジム)とのWBOアジア・パシフィック&日本スーパーライト級王座決定戦に挑みました。

しかし前日計量で体重超過となり、当日計量でなんとかパスしたものの、試合は11回TKO負けを喫しています。

プロで2度目の計量に関する失態であり、ボクサーとしての信頼が揺らぐ事態でした。

中屋廣隆トレーナーは「練習を見られなかったから、おれのせいだ」とかばうように慰めたといいます。

この敗戦は佐々木尽さんにとって大きな痛手でしたが、同時にキャリアの方向性を考え直す転機にもなりました。

ウェルター級への階級変更という決断

2度の計量問題を経て、佐々木尽さんはスーパーライト級からウェルター級(66.678kg以下)への階級変更を決断します。

無理な減量を繰り返すよりも、自分の体に合った階級で戦う方が実力を発揮できるという判断です。

この決断が功を奏し、ウェルター級に上げてからは体のキレが増し、持ち前のパンチ力がさらに際立つようになりました。

計量失敗というネガティブな出来事が、結果的にウェルター級での快進撃につながったのですから、人生は何がきっかけで好転するかわかりませんよね。

WBOアジア・東洋太平洋の二冠を達成

ウェルター級に転向した佐々木尽さんは、WBOアジア・パシフィック王座と東洋太平洋(OPBF)王座の二冠を達成しています。

ここからは佐々木尽さんの快進撃を振り返ります。

2023年WBOアジア・パシフィック王座獲得

2023年1月、佐々木尽さんはWBOアジア・パシフィック・ウェルター級王座を獲得しました。

階級変更後の初タイトルであり、ウェルター級での実力を証明する重要な一勝となっています。

このベルト獲得を機に、佐々木尽さんは世界ランキングにも名を連ねるようになりました。

2023年7月には2度目の防衛にも成功し、アジア・太平洋地域の頂点に立ち続けています。

左肩手術とラスベガス観戦の転機

2度目の防衛戦の後、佐々木尽さんは左肩の手術を受けることになりました。

ボクサーにとって肩の負傷は致命的であり、相当に落ち込んだそうです。

そんなとき、中屋廣隆トレーナーが発案した米国旅行が前を向くきっかけになりました。

ラスベガスで行われたウェルター級主要4団体タイトルマッチ(テレンス・クロフォード対エロール・スペンス)を観戦したのです。

「手術から2、3週間後に飛行機に乗せて行った。会場の一番上にある一番安い、1人約7万円の席で観戦して、モチベーションをキープさせた」と中屋トレーナーは語っています。

この経験が佐々木尽さんの「世界」への思いをさらに強くしました。

東洋太平洋王座との二冠達成

2024年5月、佐々木尽さんはWBOアジア・パシフィック王座の3度目の防衛を果たすとともに、東洋太平洋(OPBF)ウェルター級王座も獲得しました。

アジア・パシフィックと東洋太平洋の二冠達成です。

この時点での戦績は19勝(17KO)1敗1分で、KO率は驚異の約90%を誇っていました。

世界挑戦の機運が一気に高まり、WBO世界ウェルター級2位にランクインしたのです。

WBO世界ウェルター級挑戦と5回KO負け

2025年6月19日、佐々木尽さんはついにWBO世界ウェルター級タイトルマッチのリングに上がりました。

日本人初のウェルター級世界王者を目指す歴史的な一戦です。

36年ぶりの国内ウェルター級世界戦

この試合は国内でのウェルター級世界タイトルマッチとしては36年ぶりの開催でした。

日本人選手による同級の世界挑戦としても16年ぶりという、まさに歴史的な一戦です。

会場は東京・大田区総合体育館で、大勢のファンが詰めかけました。

佐々木尽さんは試合前に「人生を懸けている」「チャンピオンにならなかったら死ぬのと変わらないくらいの感覚」と並々ならぬ覚悟を語っています。

王者ブライアン・ノーマンとの死闘

相手のブライアン・ノーマン(米国)は27勝(21KO)無敗という戦績の強敵でした。

試合は開始からわずか40秒ほどで動き、ノーマンの左フックで佐々木尽さんが最初のダウンを喫します。

立ち上がって前に出たものの、再び左フックをもらい1回で2度のダウンを奪われました。

それでも佐々木尽さんはよく手を出してラウンド終了のゴングを聞き、2回以降はジャブ、左フック、ボディ打ちでチャンピオンに迫っています。

5回KO負けと壮絶な結末

迎えた5回、佐々木尽さんがボディジャブを打った直後にガードが下がった瞬間をノーマンは見逃しませんでした。

左フックを振り抜くと、佐々木尽さんは背中からキャンバスに大の字に倒れています。

コーナーが棄権を申し出て、5回46秒KO負けが決まりました。

佐々木尽さんは起き上がれずに担架でリングを退場し、病院に搬送される壮絶な結末となっています。

日本人初のウェルター級世界王者の夢はこの日は叶いませんでしたが、ノーマンは試合後に「彼が日本のトップの選手であることがわかった。1回に2度ダウンを奪ったにもかかわらず立ってきた。それが彼の強さだ」と佐々木尽さんを称えています。

再起戦から東京ドーム世界再挑戦へ

壮絶なKO負けから約8か月後の2026年2月19日、佐々木尽さんは再起戦に臨みました。

世界再挑戦への道は、すでに始まっています。

8か月ぶりの復帰戦でTKO勝利

後楽園ホールで行われた再起戦の相手は、マーロン・パニアモーガン(フィリピン)でした。

佐々木尽さんは「復帰戦っていう感じはあまりしない。このまま突っ走っていくだけ」と気負いのないコメントを残しています。

試合では衝撃的な左フックでTKO勝利を収め、ファンを沸かせました。

「前回ああいう負け方をして『お前じゃ無理だよ』っていう声が結構ある。それがマジで嫌なんで。黙らせたいですね」という力強い言葉が印象的です。

左ジャブ・右ストレートの強化

世界戦の敗北後、2025年9月に練習を再開した佐々木尽さんはフィジカルトレーニングとともに、左ジャブと右ストレートの強化に着手しています。

「今まではフック、フックだったが、ジャブで圧倒してみたい。ジャブから作っていくワンランク上のパワーアップした自分を見せたい」と語りました。

世界戦での敗因を冷静に分析し、課題を克服するための具体的な取り組みを進めているのです。

東京ドームでの世界再挑戦へ

2026年3月にはラスベガスでの合宿を敢行し、現役世界王者とのスパーリングも経験しています。

帰国後の3月30日には東京ドームでの試合に向けた記者会見に登場し「雷が空を裂く」と挑発するなど、佐々木尽さんらしい破天荒なパフォーマンスを見せました。

「日本人初のウェルター級世界チャンピオンになる男」という自己紹介は、敗北を経験してもなお変わっていません。

佐々木尽さんの学歴は八王子の公立校から始まりましたが、その舞台はいまや世界へと広がっています。

別所小学校、別所中学校、八王子拓真高校で過ごした日々が、間違いなく佐々木尽さんの土台を作っているのです。

佐々木尽の学歴とボクシング経歴の総まとめ

  • 佐々木尽は2001年7月28日生まれ、東京都八王子市出身のプロボクサー
  • 出身小学校は八王子市立別所小学校で、八王子市別所に所在する公立校
  • 出身中学校は八王子市立別所中学校で、中学1年からボクシングを開始
  • 出身高校は都立八王子拓真高等学校で、在学中にプロデビューを果たした
  • 大学には進学せず、17歳でプロボクサーとしてキャリアをスタート
  • 小学校低学年時代は太っていて運動神経が悪かったと本人が告白している
  • 柔道は多摩中央警察署の柔道教室で8歳から中学生まで続けた
  • 父親に「ボクシングの方が向いている」と助言されて格闘技を転向
  • 八王子中屋ボクシングジムに中学1年で入門し、中屋廣隆トレーナーに師事
  • 高校受験合格日に「世界チャンピオンを目指す」と宣言した逸話がある
  • アマチュア戦績は1勝3敗だが、プロ転向後にめきめき力をつけた
  • 2023年にWBOアジア・パシフィック・ウェルター級王座を獲得
  • 2025年6月のWBO世界ウェルター級タイトルマッチではノーマンに5回KO負け
  • 2026年2月に再起戦でTKO勝利を収め、世界再挑戦を目指している
  • 弟の佐々木革もプロボクサーで、兄弟でボクシング界を盛り上げている

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