宮坂七海の学歴|日本体育大学出身・ろう者剣士からクレー射撃女王へ

宮坂七海の学歴|日本体育大学出身・ろう者剣士からクレー射撃女王へ

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宮坂七海さんは、クレー射撃のトラップ種目で全日本女子選手権を2年連続制覇した、日本を代表する女性アスリートです。

生まれつき耳が聞こえない「ろう者」でありながら、剣道で全国レベルの実力を身につけ、後にクレー射撃へ転向して国内トップに立ったその経歴は、多くの人を驚かせています。

宮坂さんの出身校は、ろう者向けの日本手話バイリンガル教育で知られる明晴学園(小中学校)、剣道の強豪として知られる日体荏原高校、そして日本体育大学体育学部武道学科と大学院です。

この記事では、宮坂七海さんの学歴を各学校の特徴・偏差値・エピソードとともに詳しくまとめます。

記事のポイント

①:明晴学園・日体荏原高校を経て日体大大学院へ

②:剣道の「百錬自得」の精神がクレー射撃に直結

③:JOCジュニアオリンピック2年連続優勝を達成

④:ロサンゼルス2028五輪出場を目指し奮闘中

宮坂七海の学歴|明晴学園から日体大院まで歩んだ道のり

  • 宮坂七海の学歴一覧|各学校の偏差値・レベルまとめ表
  • 明晴学園(小学校〜中学校)での日本手話バイリンガル教育
  • 日体荏原高校進学と剣道部での全国大会出場
  • 日本体育大学体育学部武道学科への進学と剣道部活動
  • 日体大でのクレー射撃開始とJOCジュニア優勝
  • 日本体育大学大学院で磨いた競技と学問の両立

宮坂七海の学歴一覧|各学校の偏差値・レベルまとめ表

ここでは宮坂七海さんの学歴を一覧でまとめます。

生まれつきろう者として育った宮坂さんは、ろう教育専門の学校から一般校へと進学するというユニークな学歴を歩んできました。

学校名 在学期間(推定) 学科・コース 偏差値 特徴
明晴学園(小学部) 小学校時代 —(入試なし) 日本手話バイリンガルろう教育
明晴学園(中学部) 中学校時代 —(入試なし) ろう者の「自分の世界」として充実した環境
日本体育大学荏原高等学校 〜2016年3月(推定) 総合コース 44〜46 剣道強豪校・「特別扱いしない」指導方針
日本体育大学 2016年〜2020年(推定) 体育学部武道学科 42.5〜47.5 全国トップクラスのスポーツ強豪大学
日本体育大学大学院 2020年〜2022年3月 修士課程 競技活動と並行して研究に取り組む

宮坂七海の基本プロフィール

学歴を理解するうえで、まず宮坂七海さんの基本情報を確認しておきましょう。

項目 内容
氏名 宮坂七海(みやさかななみ)
生年月日 1997年11月3日
2026年03月26日現在の年齢 28歳
出身地 東京都
第一言語 日本手話
競技種目 クレー射撃(トラップ種目)
所属 メルカリ(mercari ATHLETES)
主な実績 JOCジュニアオリンピック2連覇、全日本女子選手権2連覇
目標 ロサンゼルス2028オリンピック出場

学歴の特徴とアスリートとしての出発点

宮坂さんの学歴を見ると、大きく2つのフェーズに分けることができます。

最初のフェーズは「ろう者の世界で生きた学生時代」です。

明晴学園では日本手話を第一言語として学び、ろう者同士のコミュニティの中で自信をつけていきました。

2つ目のフェーズは「聴者の世界への踏み出し」です。

高校から日体荏原高校という一般校へ進学し、剣道を通じて「耳が聞こえる人たち」との繋がりを求めていきました。

この決断が、後のクレー射撃選手としての活躍につながっていくのですから、学歴ひとつとっても宮坂さんの人生はドラマチックですよね。

各学校のレベルと附属校進学という選択

日体荏原高校の総合コースは偏差値44〜46程度の学校で、スポーツ推薦での入学者も多い環境です。

日本体育大学は偏差値42.5〜47.5と幅があり、体育学部武道学科はスポーツ推薦入試での入学が多いのが特徴です。

宮坂さんは日体荏原高校から日本体育大学へ進学しており、同じ学校法人(日本体育大学)の附属高校から内部進学という形をとった可能性があります。

附属高校からの内部進学は、スポーツに集中しやすい環境が整っており、宮坂さんが剣道に打ち込むうえで理想的な選択だったと言えるでしょう。

明晴学園という特別支援学校から始まり、日体大大学院まで進んだ学歴は、ろう者アスリートとして異例の挑戦の連続でもありました。

明晴学園(小学校〜中学校)での日本手話バイリンガル教育

宮坂七海さんが小学校から中学校まで通ったのは、東京都品川区にある私立特別支援学校「明晴学園」です。

明晴学園は、ろう者を第一言語が日本手話であるバイリンガルとして育てることを理念とした学校で、2008年に学校法人として設立されました。

明晴学園とはどんな学校か

明晴学園の最大の特徴は、日本語と日本手話の両方を習得させる「バイリンガルろう教育」にあります。

一般的な特別支援学校(ろう学校)では口話(口の動きで言葉を読み取る方法)を重視する教育が行われることも多いですが、明晴学園では手話を積極的に活用します。

「第一言語は日本手話、第二言語は書記日本語」という方針のもと、子どもたちが自分の言葉で考え、表現できる力を育てることを目指しています。

NHK「みんなの手話」に出演している森田明さんが教頭を務めており、ろう教育の先進的な取り組みとして全国的に注目されている学校です。

宮坂さんがこの学校を卒業したことは、彼女の「日本手話が第一言語のろう者」というアイデンティティを形成するうえで欠かせない基盤となっています。

宮坂さんにとっての明晴学園という環境

宮坂さんは後のインタビューで、明晴学園時代を「自分の世界」と表現しています。

家族や友達と日本手話で自由に会話でき、ろう者であることで特に不自由を感じることがなかった時代です。

周囲もろう者であるため、コミュニケーションに壁がなく、ありのままの自分でいられる安心できる環境だったのでしょう。

ここ、想像するだけで温かい気持ちになりますよね。

その一方で、宮坂さんは「ろう者の世界」の外の世界——つまり「耳が聞こえる人たちの世界」——への好奇心も持ち始めていました。

その気持ちが、小学5年生での剣道との出会いへとつながっていきます。

小学5年生で剣道を始めたきっかけ

剣道を始めたのは小学5年生のとき、父親の修見さんの勧めがきっかけです。

父親は「一つのことに集中することの大切さを娘にも伝えたかった」という思いから、東京都大田区の東競武道館への入門を勧めました。

宮坂さん自身も「剣道を通じて、耳が聞こえる人たちと繋がりたかった」という気持ちを持っていたと言います。

指導にあたった豊村東盛氏(範士八段)は、宮坂さんについて「こちらのそぶりを見て、何をすべきか察する集中力があった」と評価しています。

ろう者は耳以外の感覚、特に視覚から情報を得る力が優れているケースが多く、宮坂さんもその典型だったようです。

「最初のうちは、どこから打ち込まれるかわからず怖かった」と話す宮坂さんでしたが、稽古を重ねるうちに相手の動きや気持ちがわかるようになっていきました。

「剣道は相手がいなければできない。それを考えると、自然と相手に対する感謝の気持ちを持った」という言葉は、武道の本質を捉えていますよね。

明晴学園での日本手話教育で培った「目で情報を読み取る力」と、道場での剣道稽古が組み合わさり、宮坂さんの集中力は飛躍的に高まっていきました。

日体荏原高校進学と剣道部での全国大会出場

中学卒業後、宮坂さんは東京都大田区にある日本体育大学荏原高等学校(総合コース)に進学します。

これは、明晴学園という「ろう者の世界」から飛び出し、一般校に踏み込むという大きな決断でした。

日体荏原高校とはどんな学校か

日本体育大学荏原高等学校は、学校法人日本体育大学が運営する附属高校です。

東京都大田区西蒲田に位置し、普通科に特別進学コース・総合コースなどを設けています。

偏差値は総合コースで44〜46程度と、特段難易度が高いわけではありませんが、体育系・スポーツ強豪として知られ、特に剣道部は都内でも有力なチームとして名を知られています。

宮坂さんが入学した総合コースは、スポーツに取り組む生徒が多いコースで、剣道に集中できる環境が整っていました。

日本体育大学の附属校という性格から、そのまま日体大へ進学するルートも整っており、宮坂さんにとってはスポーツキャリアを継続するうえで最適な選択だったと言えます。

「特別扱いしない」という指導方針での成長

日体荏原高校の指導方針は「決して特別扱いはしない」ことでした。

授業では板書を中心に、タブレット端末や音声変換アプリも活用して理解し、友達との会話は筆談が中心でしたが、次第に友達も少しずつ手話を覚えてくれるようになったと言います。

剣道部の稽古では、指示を聞き取れないためにメモ帳を持参し、先生からの指導は筆談を通じて理解していました。

監督の岡村敏博氏(教士八段)からは「相手に敬意を払い、チームで助け合う心を持つ」よう指導を受けたとのことです。

「耳が聞こえないから」という言い訳を使わず、同じ条件で戦うその姿勢は、周囲の仲間たちにも大きな影響を与えたのではないでしょうか。

宮坂さんは後に「苦しい時こそ支えてくれた方々への感謝の気持ちを思い出す」と語っており、高校時代に身についたメンタルの強さが後の競技生活の基盤になったことがわかります。

高校2年で東京都チャンピオンに輝く

厳しい練習の成果は、高校2年生のときに実を結びます。

東京都高等学校春季剣道大会で優勝し、東京都チャンピオンの座を勝ち取りました。

第5回全日本都道府県対抗女子剣道優勝大会に東京都代表として出場し、全国の強豪選手と鎬を削る経験も積みました。

ろう者でありながら聴者の選手と同じ土俵で戦い、都内トップに立ったこの経験は、宮坂さんに大きな自信を与えたはずです。

高校時代に積み重ねた「感謝の気持ちを忘れない」という精神は、後のクレー射撃でのメンタルコントロールにも確実に生きていくことになります。

日本体育大学体育学部武道学科への進学と剣道部活動

高校卒業後、宮坂さんは全国随一のスポーツ強豪校として知られる日本体育大学(体育学部武道学科)に進学します。

附属高校から系列大学へという進学ルートは宮坂さんにとって自然な選択で、剣道部での活躍を続けながら競技の質を高めていきました。

日本体育大学の概要とスポーツ環境

日本体育大学(通称:日体大)は、1891年創立の歴史ある体育専門の大学です。

東京都世田谷区の東京・世田谷キャンパスと、神奈川県横浜市の健志台キャンパスを持ち、体育学部・スポーツ文化学部など複数の学部を擁しています。

偏差値は体育学部で42.5〜47.5程度ですが、スポーツ推薦入試で入学する選手が多く、卒業生には数多くのオリンピアンや日本代表選手が名を連ねています。

宮坂さんが入学した体育学部武道学科は、剣道・柔道・空手道・相撲などの武道競技に特化した学科で、日本武道の理論と実践を専門的に学べる環境です。

全国トップクラスの剣道部での経験

日本体育大学の剣道部は全国屈指の強豪として知られています。

宮坂さんは「全国から集まった選手たちと一緒に稽古するのは楽しい」と語っており、高校時代を超えるレベルの環境で自分を高めていきました。

剣道の稽古を通じて宮坂さんが最も大切にしていたのは「百錬自得」という言葉です。

幼い頃道場の先生から教わったこの言葉は「百回鍛練することで自然と身についてくる」という意味で、繰り返しの稽古を通じて試合でも自然体で力を発揮できるという考え方です。

この哲学が後のクレー射撃でも「自然体で撃つ」という競技スタイルの根本になっていきます。

クレー射撃との出会いは大学時代

2017年、大学在学中に宮坂さんはクレー射撃と出会います。

日本体育大学と日本財団からパラアスリートとしての支援を受けながら、オリンピック・パラリンピック出場を視野に入れて競技を開始しました。

当初は剣道と並行して取り組んでいたクレー射撃でしたが、ろう者としての高い視覚集中力と剣道で鍛えたメンタルが組み合わさり、驚異的なスピードで上達していったのです。

大学という学問の場がクレー射撃という新競技への挑戦を後押しし、宮坂さんの人生に新たな可能性を開いた瞬間でもありました。

日体大でのクレー射撃開始とJOCジュニア優勝

2017年のクレー射撃開始から、わずか2年後に宮坂さんは歴史的な成果を挙げます。

2019年のJOCジュニアオリンピックカップで、史上最高スコアかつ最年少での優勝を果たしたのです。

JOCジュニアオリンピックカップとはどんな大会か

JOCジュニアオリンピックカップは、日本オリンピック委員会(JOC)が主催する若手アスリートの発掘・育成を目的とした国内最高峰のジュニア大会です。

クレー射撃のトラップ種目では、全国から選抜された若手選手が集まり、日本代表候補の争いが繰り広げられます。

この大会で最年少かつ史上最高スコアで優勝したことは、宮坂さんが日本のクレー射撃界に衝撃をもって迎えられた瞬間でした。

競技開始からわずか1年半での偉業達成

宮坂さんがクレー射撃を始めたのは2017年です。

そこからJOCジュニアオリンピックカップ最年少優勝(2019年)まで、わずか1年半という驚異的なスピードで結果を出しました。

この急成長の背景には、いくつかの要因が挙げられます。

① ろう者として視覚情報処理能力が非常に高かったこと
② 剣道で培った集中力とメンタルコントロールが直結したこと
③ 日本体育大学・日本財団からの手厚いサポートがあったこと

これらが組み合わさることで、通常では考えにくいスピードで競技レベルを引き上げることができたのです。

「聞くこと以外なんでもできる」「報われるまで努力する」という信念が、この偉業を支えたことは間違いないでしょう。

2020年もJOCジュニア優勝・2年連続の快挙

翌2020年の令和2年度JOCジュニアオリンピックカップでも、宮坂さんは優勝を飾りました。

神奈川県立伊勢原射撃場で行われた大会での優勝後、宮坂さんは感謝の言葉とともに次のような課題を語っています。

「ファイナルに臨んだ時には緊張し過ぎて自分の気持ちをコントロールすることがなかなかできなかったため、自分の気持ちとの向き合い方を見直す必要があると思いました」

クレー射撃競技の勝負の分かれ目のほとんどはメンタル面にあると語る宮坂さんは、優勝してもなお次の課題を見据えていたのです。

この向上心こそが、後の全日本選手権連覇につながっていったのでしょう。

日本体育大学大学院で磨いた競技と学問の両立

学部卒業後、宮坂さんは日本体育大学大学院修士課程に進学し、競技活動と並行して研究に取り組みました。

2022年3月に修士課程を修了し、大学院卒という学歴とともに新たなステージへと歩みを進めます。

大学院進学と競技活動の両立

日本体育大学大学院では、スポーツ科学に関連した研究を進めながら、クレー射撃の練習にも励んでいました。

大学院生として研究と競技を両立させることは、時間的にも精神的にも大変なことです。

しかし宮坂さんはその環境の中でさらに競技力を磨いていきます。

特に、日本体育大学と日本財団の支援を受けながら海外遠征にも参加するなど、国際的な経験を積む機会も得ていました。

明晴学園から続く「ハンデをものともしない挑戦心」が、大学院進学という選択にも表れていますよね。

大学院時代のクレー射撃での成果

大学院在籍中も宮坂さんはクレー射撃での活動を続けていました。

JOCジュニア2年連続優勝(2019年・2020年)を経て、一般の競技会でも実力を着実に伸ばしていきます。

2022年3月の大学院修了と同時にメルカリに入社し「mercari ATHLETES」として競技を継続するという、アスリートとして理想的なキャリアパスを実現させました。

大学院での研究はクレー射撃における集中力・メンタル管理に関連する内容だったと推測されますが、その学問的アプローチが競技力向上にも寄与したと考えられます。

日体大出身アスリートとしてのプライドと責任

日本体育大学は、多くのオリンピアンや日本代表選手を輩出してきた実績を持ちます。

その中で大学院まで進んで修士号を取得したという事実は、宮坂さんが「競技だけのアスリート」ではなく、スポーツを学術的・理論的にも追求してきたことを示しています。

この学問的バックボーンが、後に宮坂さんが電話リレーサービスのCMに出演したり、NHK番組に出演したりと「発信する選手」として活躍するための礎にもなっていきました。

「自分一人で挑戦してきたわけではなく、周りの多勢の方々に支えてもらっているおかげで様々なことに挑戦してくることができました」という言葉には、学歴を通じて培ってきた感謝の気持ちが滲んでいます。

宮坂七海の学歴が育んだクレー射撃競技力とオリンピックへの挑戦

  • 宮坂七海の学歴がもたらした集中力と競技への影響
  • 全日本女子選手権2年連続優勝の軌跡
  • メルカリ入社と競技継続|大学院卒が拓いた新キャリア
  • ろう者・手話アンバサダーとしての社会的活動
  • ロサンゼルス2028五輪を目指す現在の活動

宮坂七海の学歴がもたらした集中力と競技への影響

宮坂さんの学歴を振り返ると、各学校での経験がクレー射撃という競技に深く結びついていることがわかります。

明晴学園での視覚言語(日本手話)中心の教育が、宮坂さんの視覚情報処理能力を高める素地となったと考えられています。

ろう者特有の視覚集中力

宮坂さん自身が語っているように、「耳が聞こえないので、耳以外の感覚を研ぎ澄まして物事を捉えている」という体験が、クレー射撃の特性と非常にマッチしています。

クレー射撃のトラップ種目では、空中に放たれたクレー(直径11cmの素焼きの皿)に向けて散弾銃を発射し、命中率を競います。

クレーは秒速約30メートル以上で飛び出し、選手はわずか1〜2秒の間に狙い撃ちをしなければなりません。

聴覚に頼らず視覚と身体感覚で的を捉えるという能力は、宮坂さんにとって他の選手にはない強みとなっています。

明晴学園の教育で育まれた「視覚で世界を捉える力」が、競技の最前線で活かされているのですね。

剣道の「百錬自得」がクレー射撃に生きた理由

明晴学園時代から始め、日体荏原高校・日本体育大学で磨いた剣道の経験は、クレー射撃という全く異なる競技に直結しています。

宮坂さんが剣道の道場で学んだ「百錬自得」という言葉の哲学——つまり「繰り返しの練習を通じて自然と身につく力を信じること」——は、クレー射撃での「自然体で撃つ」というスタイルに直接応用されました。

JOCジュニアオリンピック2連覇達成後、宮坂さんは「剣道から学んできたことを生かしクレー射撃競技でも自然体で撃てるよう取り組んだ」と振り返っています

剣道の稽古が「心と体を同時に鍛える」ものであったように、クレー射撃においても技術だけでなく精神の安定が勝敗を分けると宮坂さんは考えています。

日体大という最高峰の競技環境での剣道経験があってこそ、クレー射撃への転向がこれほどスムーズに進んだのかもしれません。

学歴が育んだ「感謝する力」

宮坂さんの言葉には「感謝」が繰り返し登場します。

「自分一人で挑戦してきたわけではなく、周りの多勢の方々に支えてもらっているおかげで様々なことに挑戦してくることができました」という言葉は、明晴学園での「手話コミュニティへの感謝」、日体荏原高校での「ろう者を受け入れてくれた仲間への感謝」、日体大での「日本財団・大学からの支援への感謝」が積み重なったものです。

学歴を通じて「感謝する力」を培ってきた宮坂さんだからこそ、プレッシャーのかかる試合でも安定したパフォーマンスを発揮できるのかもしれませんね。

全日本女子選手権2年連続優勝の軌跡

大学院修了後、メルカリに入社した宮坂さんは競技活動を継続し、2023年・2024年の全日本女子選手権大会トラップ種目で2年連続優勝という快挙を達成しました。

これは、学生時代に積み上げた学歴と競技経験が見事に結実した瞬間と言えます。

全日本女子選手権での連覇の意味

全日本女子選手権大会は、日本女性クレーシューターが集う最高峰の大会です。

ここでの2年連続優勝は、宮坂さんが日本女子クレー射撃界のトップに立ったことを示しています。

クレー射撃は非常にメンタルが重要な競技で、連覇するためには精神的な安定が欠かせません。

日体大・大学院での競技と学問の両立で培ったメンタルの強さが、この連覇の大きな要因であることは間違いないでしょう。

2024年の主要戦績一覧

2024年の宮坂さんの主要戦績をまとめます。

大会名 種目 結果
全日本女子選手権大会 トラップ個人 優勝(2年連続)
全日本選手権大会 トラップ個人 3位
Asian Shotgun Cup 2024(カザフスタン・アルマトイ) トラップ個人 8位
Asian Shotgun Cup 2024(カザフスタン・アルマトイ) 混合ミックスチーム 3位

国際大会での経験とロサンゼルス五輪への布石

2024年にカザフスタン・アルマトイで開催されたAsian Shotgun Cup 2024では、個人戦8位・混合ミックスチーム3位という結果でした。

個人戦8位という成績は国際的にはまだ改善の余地がありますが、アジアのトップ選手たちと競い合う経験を積んでいる点は大きな財産です

ロサンゼルス2028オリンピックに向けて、今後は国際大会でのさらなる上位進出が求められます。

日体大で培った「一つのことに百回鍛練する」という哲学が、国際舞台での差を着実に縮めていくことでしょう。

メルカリ入社と競技継続|大学院卒が拓いた新キャリア

2022年3月に日本体育大学大学院を修了した宮坂さんは、株式会社メルカリに入社し「mercari ATHLETES」として競技活動を継続することになりました。

日本体育大学大学院という学歴が、スポーツ界とビジネス界をつなぐキャリアを開いたと言えます。

mercari ATHLETESとはどんな仕組みか

「mercari ATHLETES」は、メルカリがスポーツを通じた社会貢献・ブランド価値向上を目的として立ち上げたアスリート支援プログラムです。

企業に所属しながら競技活動を継続するという仕組みで、選手は競技に集中しながら社会人としての経験も積むことができます。

宮坂さんにとって、大学院という高い学歴は「スポーツ選手」としてだけでなく「社会人」としての採用可能性を広げる重要な要素となりました。

これは、スポーツだけでなく学問にも真摯に向き合ってきた宮坂さんの学歴があってこそのキャリアです。

メルカリ所属後の競技実績

メルカリ入社後の宮坂さんは、競技活動においてさらに成果を挙げていきます。

2023年・2024年の全日本女子選手権連覇はまさにその象徴です。

メルカリという安定した経済的バックボーンを持ちながら競技に打ち込める環境が、宮坂さんのパフォーマンスを後押ししていると考えられます。

2025年6月には、装弾メーカーのサイトロンパイロテクニクス株式会社ともスポンサー契約を締結し、複数のスポンサーからのサポートを受ける選手として成長しています。

アスリートと会社員の両立という挑戦

学業と競技を両立してきた宮坂さんにとって、会社員と競技の両立もまた自然な延長線上にあります。

日体大・大学院で鍛えたタイムマネジメントの能力や自己管理の習慣が、ビジネスの場でも活きているのでしょう。

宮坂さんは「ろう者として聴者の世界での様々なことに挑戦する姿をろうの子供たちに見てもらうことで、ろうの子供たちも聴者の世界でどんどん挑戦していく力を育ててほしい」と語っています。

その言葉通り、メルカリという日本を代表するIT企業で働く姿は、多くのろうの子供たちへのメッセージになっていますよね。

ろう者・手話アンバサダーとしての社会的活動

宮坂さんはクレー射撃選手としての活動と並行して、ろう者の社会参加を促す「アンバサダー」としての役割も担っています

その活動の幅広さは、学歴で培った知識と発信力があってこそのものです。

電話リレーサービスCMへの出演

2022年3月、宮坂さんは「電話リレーサービス」のCMに主演しました。

電話リレーサービスとは、聴覚や発話に困難のある方とそれ以外の方の会話を、通訳オペレータが手話または文字と音声を通訳することによって、電話で即時双方向につなぐサービスです。

2021年7月に公共インフラとして開始したこのサービスの認知を広めるCMで、宮坂さんは実際にサービスを利用して装弾を注文するシーンを演じました。

「電話をできないだけであきらめていたことがある。『できない』から『できる』に変わる社会へ」というメッセージは、宮坂さん自身の人生観を体現したものとなっています。

クレー射撃選手としての顔と、ろう者の権利を発信するアンバサダーとしての顔——両方を持つ宮坂さんならではの出演でした。

NHK「みんなの手話」への出演

宮坂さんはNHK「みんなの手話」にも「きょうの会話」出演者として登場しています。

同番組は手話の学習を促進するEテレの人気番組で、宮坂さんはろう者・クレー射撃選手として視聴者に手話を通じたコミュニケーションの豊かさを伝えています。

また、スウェーデンの国営テレビがろう者向けの番組撮影で宮坂さんを取材したこともあり、国際的にもその存在が注目されています。

スウェーデン人のろう者の出演者・撮影クルーとも、「剣道を伝えたい」という想いが共通言語となってすぐに打ち解けたというエピソードは、宮坂さんの人間力の高さを示しています。

ろうの子供たちへのロールモデルになる夢

宮坂さんが最も大切にしている夢の一つは「ろうの子供たちの自信を育てることができるようなロールモデルになること」です。

「ろう者として聴者の世界での様々なことに挑戦する姿をろうの子供たちに見てもらうことで、ろうの子供たちも聴者の世界でどんどん挑戦していく力を育ててほしい」という言葉には、明晴学園からの学歴が生んだ深い思いが込められています。

クレー射撃という競技を通じて「聞くこと以外なんでもできる」という信念を体現し続ける宮坂さんの姿は、多くの子供たちに勇気を与えています。

ロサンゼルス2028五輪を目指す現在の活動

宮坂七海さんの現在の最大目標は、2028年ロサンゼルスオリンピックへの出場です。

全日本女子選手権2年連続優勝という実績を背景に、国際舞台でのさらなる躍進を目指して日々鍛錬を続けています。

サイトロンパイロテクニクスとのスポンサー契約

2025年6月、宮坂さんは装弾老舗メーカーのサイトロンパイロテクニクス株式会社とスポンサー契約を締結しました。

同社は群馬県高崎市に本社を置き、「ぐんまジャイアント総合クレー・ライフル射撃場」の運営も行っているクレー射撃界では知名度の高い企業です。

宮坂さんに対しては、射撃用装弾ウィンチェスターAA(米国製)の提供を中心とした競技活動のサポートが行われています。

スポンサー契約締結の背景には、宮坂さんの「責任をもって挑み続けるひたむきな姿勢」がサイトロンパイロテクニクス側の共感を得たことが挙げられています。

現在使用しているベレッタDT11と競技スタイル

宮坂さんが現在使用している銃はベレッタ(Beretta)製のDT11です。

ベレッタはイタリアの世界的な銃器メーカーで、DT11はオリンピック選手も多く使用するクレー射撃の最高峰モデルです。

宮坂さんはDT11にオーダーメイドのストックを取り付けており、自分の体格・射撃スタイルに合わせたカスタマイズを行っています。

ベレッタとウィンチェスターAAという世界トップクラスの機材でロサンゼルス2028オリンピック出場を目指す宮坂さんの挑戦は、今後も注目を集め続けるでしょう。

オリンピック出場に向けた今後の課題

現在の国際大会での成績(Asian Shotgun Cup 2024個人8位)を踏まえると、オリンピック出場権獲得のためには国際大会でのさらなる上位進出が必要です。

クレー射撃の国際競技連盟(ISSF)主催大会での出場枠獲得に向けて、宮坂さんは次のような課題に取り組んでいます。

① ファイナルでのメンタルコントロールの強化(自身も課題として認識)
② 国際大会の経験を積み、海外選手との差を縮めること
③ 道具(銃・装弾)の最適化とオーダーメイドストックの精度向上

「報われるまで努力する」という言葉を座右の銘とする宮坂さんは、ロサンゼルス2028を目指して今日も射撃場で銃を構えています。

宮坂七海の学歴と競技活動の総まとめポイント

  • 宮坂七海さんの第一言語は日本手話で、生まれつきのろう者
  • 出身地は東京都、生年月日は1997年11月3日
  • 小学校〜中学校は明晴学園(東京都品川区)でバイリンガルろう教育を受ける
  • 高校は日本体育大学荏原高等学校(総合コース)に進学し剣道部に所属
  • 高校2年時に東京都高等学校春季剣道大会で優勝し東京都代表として全国大会出場
  • 大学は日本体育大学体育学部武道学科へ進学し剣道部で活躍
  • 大学在学中の2017年からクレー射撃を開始し日体大・日本財団からパラアスリートとして支援
  • 2019年JOCジュニアオリンピックカップで史上最高スコア・最年少優勝という歴史的快挙
  • 2020年も同大会で2年連続優勝を達成
  • 2022年3月に日本体育大学大学院修士課程を修了し学術的なバックボーンも持つ
  • 2022年にメルカリに入社し「mercari ATHLETES」として競技を継続
  • 2023年・2024年に全日本女子選手権大会トラップ種目で2年連続優勝
  • 2025年6月にサイトロンパイロテクニクスとスポンサー契約を締結
  • 剣道の師から学んだ「百錬自得」の精神がクレー射撃でも生きている
  • 夢はロサンゼルス2028オリンピック出場とろうの子供たちへのロールモデルになること

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