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小林優吾さんといえば、バドミントン男子ダブルスで世界選手権優勝・世界ランキング1位を達成した、日本を代表するトップ選手です。
そんな小林さんのバドミントン人生の原点には、父親・小林慶太さんの存在がありました。慶太さんは高校のバドミントン部顧問を務めた元プレーヤーで、息子・優吾さんがバドミントンを始めるきっかけをつくった人物です。
親子2人での練習は「今でも思い出すだけでもキツイ」と語るほどの熱血指導でした。
この記事では、小林優吾さんの父親・慶太さんの職業や指導スタイル、家族構成について詳しくまとめています。
記事のポイント
①:父親・慶太さんは高校バドミントン部顧問の元選手
②:優吾さんは小学2年で父親に憧れバドミントンを開始
③:親子の特訓は「思い出すだけでもキツイ」ほど厳しかった
④:家族は父親・母親・弟の4人+愛犬マル
小林優吾の父親・慶太さんとバドミントンの関係
- 父親・慶太さんのプロフィール|バドミントン部顧問の実態
- 父親・慶太さんへの憧れがバドミントンを始めたきっかけ
- 父親・慶太さんとの2人練習|「キツイ」特訓の実態
- 母親・倫さんと弟・大吾さんの家族構成
- 父親・慶太さんのトナミコーチとしての姿
父親・慶太さんのプロフィール|バドミントン部顧問の実態
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小林優吾さんのバドミントン人生のすべての出発点は、父親・小林慶太さんとの出会いにあります。
慶太さんは高校のバドミントン部で顧問を務めた経験を持つ、れっきとした元プレーヤーです。指導者として現場に立ちながら、自分自身もコートでラケットを握っていたという、まさに「二刀流」の存在でした。
まず、記事の主役である小林優吾さんのプロフィールを下記の表で整理します。
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 名前 | 小林優吾(こばやし ゆうご) |
| 生年月日 | 1995年7月10日 |
| 2026年04月28日現在の年齢 | 30歳 |
| 出身地 | 宮城県利府町 |
| 身長・体重 | 175cm・72kg |
| 血液型 | A型 |
| 利き腕 | 左 |
| 所属 | トナミ運輸 |
| 競技種目 | 男子ダブルス・混合ダブルス |
| 主な実績 | 世界選手権優勝(2021年)・世界ランク1位(2022年) |
続いて、今回の記事の核心である父親・慶太さんについて整理します。
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 名前 | 小林慶太 |
| 職業 | 高校バドミントン部顧問・元プレーヤー |
| 息子との関係 | 優吾さんがバドミントンを始めるきっかけをつくった存在 |
| 指導スタイル | 親子2人での厳しい特訓で知られる |
指導者でありプレーヤーでもあった慶太さん
高校のバドミントン部顧問という立場は、単に選手へ技術を教えるだけでなく、人間形成にまで深く関わる責任ある役職です。
慶太さんはその立場にありながら、実際に自分もコートに立ってプレーできる選手でした。「見せて教える」スタイルが自然と実践できる、本物のバドミントン人だったわけです。
ここ、バドミントンをかじったことがある方ならよく分かると思うのですが、顧問や指導者が実際に打てるかどうかで練習の質はまるで変わります。
慶太さんが自分の手の内を見せながら指導できたからこそ、優吾さんは早い段階から正しいフォームや感覚を身につけることができたのではないでしょうか。その「背中で語る指導」が、のちの世界チャンピオン誕生につながった重要なピースの一つだったと思います。
父親・慶太さんへの憧れがバドミントンを始めたきっかけ
小林優吾さんがバドミントンを始めたのは、小学2年生の終わり頃、競技開始年齢は8歳とされています。
そのきっかけは、テレビで見た憧れの選手でも、友達の誘いでもありませんでした。バドミントン部の顧問としてコートに立ち、プレーヤーとして羽根を打ち続ける父親・慶太さんの姿に、幼い優吾さんは自然と惹きつけられていったのです。
「父親がバドミントンをしていたから」という言葉は、シンプルですがこれほど力強い動機はないかもしれません。大人になってもずっと続けている親の姿は、子どもにとって「楽しそう」「自分もやってみたい」という感情を素直に生み出します。あなたも子どものころ、親がやっていることをまねしたくなった経験はないでしょうか。
父親の当初の複雑な心境
ただ、慶太さん自身は最初から手放しで喜んでいたわけではありませんでした。
「自分と同じ競技をすることに、あまりいい気はしなかった」というのが、慶太さんの正直な当初の気持ちだったといいます。息子が同じ競技を始めることで、どうしても口を出したくなる場面が出てくる、そのことをためらっていたのです。
これはなんとも親らしい悩みですよね。自分の専門分野に子どもが踏み込んでくると、つい厳しくなりすぎてしまうかもしれない、という心配が先に立ったのでしょう。
しかし結果として、優吾さんは地元・宮城県の名門クラブ「塩竈ジュニア」に入り、そこでメキメキと力をつけていきます。父親への憧れから始まったバドミントンが、やがて世界を席巻する選手へと成長するきっかけになったわけです。最初の一歩を踏み出させてくれた慶太さんの存在は、どれほど大きなものだったか計り知れません。
父親・慶太さんとの2人練習|「キツイ」特訓の実態
小林優吾さんにとって、父親・慶太さんとの練習は特別な意味を持つものでした。
日本代表選手へのインタビューで「家族とのバドミントンの思い出」を聞かれた際、優吾さんはこう答えています。「父親との2人での練習が、今思い出すだけでもキツイ」と。
この一言は非常に重い言葉です。すでに世界チャンピオンになった後でも「今でも思い出すだけでキツイ」と言わせるほどの練習が、当時の親子の間で繰り広げられていたということです。
指導者としての厳しさをそのまま息子へ
慶太さんは高校のバドミントン部顧問として、日々選手たちを鍛え上げてきた人物です。
プロの指導者が手を抜かずに息子を指導したわけですから、その強度が通常の親子練習のレベルをはるかに超えていたのは容易に想像できます。一般的な父親が子どもを教える「ゆるい練習」とは一線を画す、本物の特訓だったのでしょう。
ただ、この厳しさが後の小林優吾さんを形成した大きな要因であることは間違いありません。トップアスリートの多くが幼少期から厳しい環境に身を置いてきたことを考えると、慶太さんの熱血指導は間違いなく正解だったと言えます。
優吾さん自身が「キツイ」と振り返りながらも、その練習に感謝していることは言葉の端々から感じられます。あれだけ厳しい練習を積んだからこそ、世界のトップで戦い続けるメンタルと基礎体力が身についたのではないでしょうか。
世界ランク1位まで駆け上がった選手の土台に、父親・慶太さんとの「キツイ」二人練習があったというのは、アスリートの成長ストーリーとして非常に印象的です。
母親・倫さんと弟・大吾さんの家族構成
小林優吾さんの出身家族の構成は、父親・慶太さん、母親・倫さん、弟・大吾さん、そして愛犬のマルを含む4人家族プラス1匹です。
下記の表で家族構成を整理します。
| 続柄 | 人物 | 備考 |
|---|---|---|
| 父親 | 小林慶太さん | 高校バドミントン部顧問・元プレーヤー |
| 母親 | 小林倫さん | 試合のたびに応援に駆けつける息子思いのお母親さん |
| 弟 | 小林大吾さん | 優吾さんの2つ年下。バドミントン経験の有無は不明 |
| 愛犬 | マル | 家族の一員として大切にされている |
母親・倫さんの存在
母親の倫さんは、優吾さんが学生時代、試合があるたびに応援に駆けつけていたことが知られています。
詳しい職業などの情報は公表されていませんが、息子の競技を近くで見守り続けた姿は、優吾さんにとって大きな精神的支えになっていたことでしょう。父親・慶太さんが練習面で厳しく鍛えあげ、母親・倫さんが温かく応援して支える、という理想的な家族の形が浮かびあがります。
弟・大吾さんについて
弟の小林大吾さんは優吾さんの2つ年下で、現在のバドミントン経験については情報が公表されていません。
ただ、父親も兄もバドミントンに打ち込む環境で育ったことを考えると、大吾さんも自然とバドミントンに触れる機会は多かったはずです。優吾さん自身は幼いころからとにかく優しい性格だったとも語られており、年下の弟とも仲よく接してきた様子が想像できます。
家族全員で一つのスポーツを応援し、支え合う環境が、小林優吾さんという選手の人間的な温かさをつくりあげているのかもしれませんね。
父親・慶太さんのトナミコーチとしての姿
慶太さんと息子・優吾さんの関係は、高校時代の厳しい特訓で終わりませんでした。
報道によると、慶太さんはトナミ運輸バドミントン部にコーチとして関わっているとされています。つまり、息子・優吾さんが所属するチームに、父親が指導者として携わっているという構図です。
富岡第一中学校・富岡高校でのトナミ三銃士(大堀彩、保木卓朗、小林優吾)を福島から送り出した存在として慶太さんの名前が取り上げられており、「父親としてコーチとして」という二つの顔でトナミの選手たちを支えてきたことが分かります。
父親がコーチとして関わる意味
親子が同じチームに在籍するというのは、プロスポーツの世界ではなかなか珍しい関係です。
優吾さんにとって、父親が自分のチームのコーチとして存在することは、単なる「身内の応援」を超えた意味を持ちます。父親が積み上げてきた指導の経験とバドミントンの知識が、優吾さんのパフォーマンス向上に直接活かされているわけです。
世界の舞台で戦う息子を、今度はコーチという立場から支える慶太さん。幼いころに厳しく鍛え上げた親子の絆は、時間が経っても変わらずに続いているのです。パリ五輪の舞台でも、慶太さんの心は息子・優吾さんとともにあったのではないでしょうか。
小林優吾の父親・慶太さんが見守った世界一への軌跡
- 塩竈ジュニアから富岡中学への挑戦と旅立ち
- 富岡高校での全国制覇とホキコバペアの誕生
- 東京五輪落選から世界選手権優勝への逆転劇
- 日本人初の男子ダブルス世界ランク1位の達成
- パリ五輪出場と2児の父親になった現在の小林優吾
塩竈ジュニアから富岡中学への挑戦と旅立ち
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小林優吾さんが最初に本格的にバドミントンを磨いた場所は、地元・宮城県の名門クラブ「塩竈ジュニア」です。
父親・慶太さんへの憧れから小学2年の終わりにバドミントンを始め、塩竈ジュニアに入会した優吾さんは、そこで才能を一気に開花させていきます。クラブの練習環境に加え、高校生と毎日一緒に練習できた経験が、幼いながらも大きな成長につながりました。優吾さん自身が「自分を強くした練習は、中学のときに毎日高校生と練習できる環境だった」と語っているほどです。
福島・富岡への進学という決断
中学進学のタイミングで、優吾さんは宮城県を離れ、福島県の強豪「富岡第一中学校」へ進学することを決意します。
地元を離れ、親元から離れて強豪校へ飛び込む選択は、幼い中学生にとって決して簡単なものではなかったはずです。バドミントン・マガジンの取材でも、「家族、そして本人の覚悟もひしひしと感じた」という言葉が記されており、親子それぞれの葛藤と決断があったことが伝わってきます。
父親・慶太さんも、息子を手元で指導できなくなるこの選択に、複雑な気持ちを持っていたかもしれません。しかし、それでも優吾さんをより高いステージへ送り出した。その決断が、のちの世界チャンピオンへの道を拓いたのです。富岡での6年間は、小林優吾さんにとってかけがえのない時間になりました。
富岡高校での全国制覇とホキコバペアの誕生
富岡第一中学校から富岡高校へと進学した小林優吾さんは、そこで後の人生を変えるパートナーと出会います。
保木卓朗さんとのペアは、中学時代から組み始めたものです。中学時代は主にシングルスで全国の舞台に立ち、高校ではダブルスでも全国制覇を成し遂げるまでに成長しました。
2013年・全国高校総体2冠の快挙
2013年、富岡高校3年時に、小林優吾さんと保木卓朗さんのペアは全国高校総体(インターハイ)で2冠を達成します。高校生にしてすでに「ホキコバ」の原型が完成していたわけです。
父親・慶太さんがかつて顧問として磨いた指導の眼と、幼いころから施した厳しい特訓の成果が、高校時代にして全国という舞台で結実した瞬間でした。
「小さいころから優しい子だった」と両親が語る優吾さんが、コートでは誰よりも激しく、力強く戦う選手へと成長した背景には、富岡での6年間のハードな環境と、それ以前の父親との特訓がしっかりと積み重なっていたのでしょう。
東京五輪落選から世界選手権優勝への逆転劇
高校卒業後、トナミ運輸に入社した小林優吾さんは、2015年に全日本社会人選手権で初優勝を飾ります。
しかし、2021年の東京オリンピックへの道は険しいものでした。東京五輪の出場権を逃すという悔しい経験を味わうことになります。先輩ペアの活躍によって出場枠を取れなかったわけです。
SNSの心ない言葉と誓い
東京五輪後、SNSでは「男子ダブルスは穴」という投稿が目に入ることもあったといいます。
「めちゃくちゃ悔しいな。見返してやろうぜ」と保木さんと誓い合ったエピソードは、二人の根底にある強さを物語っています。この悔しさを糧に、二人は猛烈に成長していきます。
そして2021年12月、世界選手権(スペイン・ウエルバ)で小林優吾さんと保木卓朗さんのペアは、決勝でストレートゲームにて勝利し、見事に優勝を果たします。男子ダブルスにおける日本人初の世界選手権制覇という、歴史的な快挙でした。落選からたった数か月で世界一に輝くこの逆転劇は、父親・慶太さんをはじめとした家族全員にとっても、涙なしには語れない出来事だったに違いありません。
日本人初の男子ダブルス世界ランク1位の達成
世界選手権優勝の翌2022年、小林優吾さんと保木卓朗さんのペアはさらなる快挙を達成します。
2022年9月20日付のBWF世界ランキングで、日本人史上初となる男子ダブルス世界ランク1位を達成したのです。これは日本バドミントン界全体にとっても記念碑的な出来事でした。
「日本一速いスマッシュ」の実力
小林優吾さんの武器は、なんといっても「日本一速いスマッシュ」です。左利きという利点を最大限に活かした独自のフォームから放たれるスマッシュは、世界のトップクラスの選手でも苦戦するほどとされています。
2023年7月のジャパン・オープンでは、なんと443km/hという驚異的なスマッシュ速度を記録しました。これはバドミントンのシャトルとして世界的にも類を見ない速度です。
幼いころから父親・慶太さんとの二人練習で磨いた基礎体力と打法の感覚が、こうした圧倒的な武器に昇華したと言っても過言ではないでしょう。父親が「手を抜かず」に指導した成果が、世界レベルで証明された瞬間です。
パリ五輪出場と2児の父親になった現在の小林優吾
2020年、小林優吾さんは元バドミントン選手の城口優里花さんと結婚し、現在は2人の子どもを持つ父親でもあります。
パリ五輪の選考レースが続く中、パートナーの保木卓朗さんとともに「パパコンビ」として注目を集めました。第1子が3歳、第2子が1歳という家族構成まで二人揃って一致しており、大会の合間に互いの子どもの話で盛り上がったというエピソードも微笑ましいです。
「パパのすごさを伝えたい」
「子どもにパパのすごさを伝えられたらいいな」という言葉は、パリ五輪を前にした小林優吾さんの言葉です。
かつて父親・慶太さんのプレーヤーとしての姿に憧れてバドミントンを始めた優吾さんが、今度は自分の子どもに同じように「格好いい父親の姿」を見せようとしている。この構図に、思わずジーンとくるものがありますよね。
世界を舞台に戦い続ける小林優吾さんの活躍の裏には、バドミントンへの情熱を灯してくれた父親・慶太さんの存在と、厳しくも愛情深い特訓の記憶が息づいています。現在も父親子の絆は続いており、今後の国際大会での活躍が楽しみです。
小林優吾の父親・慶太さんとバドミントン家族の総まとめ
- 父親・小林慶太さんは高校バドミントン部顧問を務めた元プレーヤー
- 優吾さんは小学2年の終わり(8歳)で父親に憧れバドミントンを開始
- 慶太さんは最初、息子が同じ競技を始めることに複雑な気持ちを持っていた
- 地元・宮城の名門クラブ「塩竈ジュニア」でメキメキと才能を開花させた
- 親子2人での特訓は「今でも思い出すだけでもキツイ」と言われるほど厳しかった
- 家族構成は父親・慶太さん、母親・倫さん、弟・大吾さんの4人家族+愛犬マル
- 母親・倫さんは学生時代の試合に毎回応援に駆けつける息子思いの人
- 弟・大吾さんは優吾さんの2歳年下で、バドミントン経験の有無は不明
- 慶太さんは後にトナミ運輸のコーチとして息子のチームにも関わる
- 中学進学時に福島の強豪富岡第一中学校へ進学、6年間の充実した環境で成長
- 高校時代から保木卓朗さんとペアを組み、全国高校総体で2冠を達成
- 2021年・世界選手権で日本人初の男子ダブルス制覇を成し遂げた
- 2022年・世界ランク1位も日本人男子ダブルス史上初の快挙
- スマッシュ速度443km/hを記録した「日本一速いスマッシュ」が最大の武器
- 2020年に城口優里花さんと結婚、2人の子を持つ父親として現在も世界で活躍中
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